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主任司祭のメッセージ Message from parish priest

『巡礼は黙想』            司祭 アンドレア 松村 繁彦

2025年12月02日|

「聖年の門」は12月28日をもって閉門いたします。この1年皆さんはどのようにお過ごしになったでしょうか。さて、今年の私はローマの4大バジリカを廻り、全免償を受ける恵みを与えられたのですが、実はそれ以上に深い体験をしましたので、皆さんに分かち合いたいと思います。

今年の9月9日に“仕事を調節し、丸1日仕事の無い日”を作ることが出来ました。前日に思い立ち「よし!徒歩巡礼をしよう」と意を決したのでした。居住地の月寒教会から小樽駅まで!過去にサンチャゴ・デ・コンポステラ巡礼を2回ほど歩いた経験(110キロを4日間で)と、大阪で大学に勤めていた時代に学生を連れて梅田から三宮まで(32キロ)徒歩散歩をしたことから、それを超える体験(今まで1日での徒歩の最高は32キロでしたので)にチャレンジをすることにしました。

月寒教会で朝ミサ後に奇神父様やご婦人に見送られ、教会を出て意気揚々と歩き始めました。まもなく普段勤務している司教館を横目に、また毎週通っている円山教会横のさゆり幼稚園を眺めながら、小樽方面に向けて歩いていきました。

最初は普段気づかないような西区の町並みやお店など(5キロから10キロ地点)を楽しみながら、また人々の動きや姿などを楽しんでいましたが、手稲区に入ると早速足の裏に痛みが現れてきました。これは普段の歩き方の悪さからくるものなのでしょう。騙し騙し歩いていくうちに慣れてきましたが、手稲教会を越えたころ(約15キロを超えたころ)からふくらはぎがこわばり始めてきました。鼻歌を歌ったりして気を紛らわせていましたが、銭函を越えたころ(20キロほどか?)から炎天下でもあり歌も頭に浮かばず、そもそも考えることが出来なくなってきました。体は自動的に動くロボットのようになり、そうこうしていると周りからの情報が入ってこなくなり、少しずつ自分の内面から思いが出てくるようになりました。普段感謝しなければならない人や、傷つけてしまったのではないかと思う人の顔が浮かび、また私が関わった亡くなられた人たちの顔も思い浮かび、祈らなければならないという思いに駆られたのです。今思えば100名以上の方々の顔が浮かんだのではないかと思います。後半はそのような祈りの時間となりました。

張碓を越えたころ(約32キロ地点、スタートから6時間ほど)、とうとう太ももが動かなくなり、初めて休憩を取りました。しかし、休憩直後から足が前に出なくなりました。太ももを叩き、足のストレッチを行い、自分のふがいなさにいら立ちも出てきましたが、どうにか動き始めることが出来ました、スピードは格段に遅くなり、次止まれば足が前に出ないのではという不安があったため、歩き続ける事を決意しました。長く排気ガスの多いトンネルを越え、長い上り坂を歩き、限界に達したこの辛さを体験したころから、かつての北海道に入った宣教師達の想い、この身このいのちを捧げる感覚が自分の中に沸き起こり、神に“ささげる”ということがどういうことか?ということに触れる体験ができました。朝里を越え、小樽市に無事に到着(歩行距離42.3キロ所要時間8時間)。その後は銭湯でお湯につかりながら足のマッサージし、着替えて、そして自分にご褒美として小樽の“なると”で鶏の半身揚げを食べて帰宅。(本当は歩けなくなったので奇神父さまにお迎えに来てもらったのは内緒。)

大した体験ではないかもしれません。しかしこの私の巡礼は黙想そのものであったと振り返っています。便利な乗り物に乗ってローマで大きな聖年の門をくぐって来た8月の巡礼よりも、この徒歩巡礼の方が自分にとっては「捧げもの」の価値は大きいものとなりました。決して他の方の巡礼を否定しているのではありません。私の巡礼も教会に寄って祈ったわけではありませんから聖なる時間ではありません。しかし何を思い、何を感じ、何を捧げたのか。一人一人違って構いませんが、黙想となる巡礼であったかが大切なのだと振り返ることが出来た1日であったことを、皆さんにも分かち合いたくなりここに記すことにいたしました。聖なる年が終わります。この1年それぞれがよい捧げものをすることが出来たことを振り返り神に感謝いたしましょう。聖年は終わりますが、実はここから新たな年の始まりです。心から皆様に良いクリスマス・良い新年を過ごせるよう祈っています。


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