『ケン神父の最後のメッセージ』 司祭 ケン・スレイマン
1愛する兄弟姉妹の皆さん、旧約聖書のコヘレトの言葉の3章の内容は、人生のリズムについて書かれています。例えば「何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある。生まれる時、死ぬ時植える時、植えたものを抜く時。」などです。その通りに、寂しいですが、私は皆さんに出発の時を発表したいと思います。1991年から北海道で生活をしていました。とても恵まれた時でした。新神父として到着しましたが、皆さんの優しいおもてなしと、ご指導と、赦しを通して、神父になって35年になりました。おそらく人生の半分を北海道で生活をしました。皆さん、私を色々な方法で愛してくださり、ありがとうございます。とても嬉しい時間を過ごしました。皆さんは、私の家族になりました。それは日本が私の第2の故郷だと考えています。
1この立場から、たくさんの人々に感謝の気持ちを表したいのですが、神様にもお礼を伝えなければなりません。とても偶然ですが、小学4年生の時、地理学を勉強していた時、シスターが私たちと地球儀でゲームをしました。彼女が地球儀を回して、私たちはそれを見ないで指でタッチをしました。その時私は北海道をタッチしていました。そしてシスターから「どうぞ、いつか行ってみてください。」と言われました。皆さん、それは10歳の時の物語でしたが、その25年後になんと札幌にいました。神様の次に両親にも感謝の気持ちを表したいです。ちょっと寂しい話ですが、父が第二次世界大戦で、終戦の直前に海軍として日本に来ました。そして戦争が終わって、2年間、日本の復興作業のために、長崎の佐世保に滞在していました。その場所で父がカトリック教会に通って、大きな奉献を渡していたので、神父と友人関係になりました。それから信者たちから箸の使い方などを教わり、父が日本をとても愛していました。たくさんの写真を撮って、段ボールに沢山の日本での思い出が詰まっていました。日本人形、絵画、本、侍の刀です。そして結婚してから、家にはそれらの思い出が飾られていました。そのために私自身も、毎日日本のことを考えていたことを思い出しまいた。母も大きな影響がありました。彼女のおじいちゃん、私のひいおじいちゃんは、私と同じくメリノール宣教会の神父でした。名前は「ジョー」神父です。1918年日本に来ました。そして、その時代には、色々な国々で活動しており、北朝鮮、中国、日本の松阪でした。戦争が始まり、船で日本の外に送られました。アメリカに到着して、カルフォルニアに行き、アメリカの日本人のキャンプ地に神父としての仕事を行っていました。彼も日本をとても愛していたので、私には毎年日本的なクリスマスカードを贈りました。ですから、1990年神父になったときに、総長神父が「ケン、宣教のために日本に行ってください」と通達された時には、とても嬉しい気持ちでした。
1最後に北海道の司教様たちに感謝の気持ちを伝えたいと思います。1991年に到着した時の司教様は、地主司教様の時代でした。彼の許可を通して、天使大学の教員として任命されました。さらに、教会の仕事も認められました。そのために、ベネディクトハウスの中に部屋を与えられました。朝、司教様と場崎神父様と3人でミサをしてから朝ごはんを食べていました。場崎神父がコーヒーを作ってから、司教様が「ケン、コーヒーを飲みますか?」と私のコップに司教様が、少しだけのコーヒーが注いでくれました。そして司教様自身のコップには、たくさんのコーヒーが入っていました。それが毎日のサイクルで、いつも私は笑っていました。彼も昔天使大学で教えていたそうです。なので、私についてとても興味を示してくださいました。勝谷司教様が神父の役割の時に、初めて札幌教区の神父に会いました。その時、マイレット神父と一緒に札幌をドライブしました。勝谷司教様は当時、手稲教会の主任司祭でした。その時、青年活動も行っており、音楽活動を思い出します。そして10年前に彼がフランシスコ教皇様から電話を貰ってから、ベネディクトハウスの駐車場で偶然会い「ケン、どうして主任司祭ではないのですか?」私は誰にもそれを聞かれたことはありませんでした。彼は「これから私が聞くので、主任司祭になってください」と言われて、人事の時に円山教会の主任司祭になりました。コロナの災害を通して教会の中で中途半端な雰囲気になってしまい、新しいカトリックセンターを通して、住む場所を与えてくださいました。素晴らしい雰囲気でした。そして天使大学も近くなりました。本当に地主司教様、勝谷司教様ありがとうございました。
1兄弟姉妹の皆さん、私は神様から2つの召命をいただいたと思います。1つは看護師、1つは神父です。ですから、この2つの召命を続けるために、福岡の久留米市の聖マリア学院大学に教授として、生命倫理とキリスト教概論などを教える予定です。また福岡教区の司教様も典礼的に助けます。実は色々と怖いこともありますが、皆さんの長い間の愛を通して、強い心で神様の助けに頼り、新しい場所での仕事を頑張ります。どうぞ皆さん、久留米に遊びに来てください。北海道は日本の故郷なので時々遊びに戻ります。皆さん、お元気で!皆さんの健康と信仰生活のために祈ります。
さよなら、さよなら、さよなら。
ケン神父より